世界史の授業から広がった。パレスチナ関連事業「架け箸」創業者独占インタビュー【シリーズ:中東と私】

紛争や危険、といったイメージが根強いパレスチナ。そんなパレスチナを大学3年時に訪れ、卒業直後から自身のビジネスを展開。パレスチナで生産された物販を販売する「架け箸」代表の高橋さんにお話をお伺いしました。

きっかけは世界史の授業。「架け箸」の始まり

まず初めに、現在の「架け箸」の主な活動内容について教えてください!

オリーブの木で作られたお箸やアクセサリーなど、様々な商品を紹介していて、今はちょうど、商品の販売を始めたところです!(「架け箸」のホームページはこちらのリンク)そうした関係上、今は商品をおいてくださるお店を探したり、ポップアップの場合は行ける場所であれば自ら赴いて、通りかかったお客さんと話すことが主な業務です。また、イベントなどの場づくりにも積極的に携わっています。ちょうど、今月の25日にパレスチナ文化を丸ごと詰め込んだイベントを開催します!興味のある方はこちらから是非ご参加ください。

お箸のイメージ
お箸のデザインにはアラビア文字を。 これはTを表す文字。にっこりマークに見える?
お箸とカフィーヤでできた箸袋。 カフィーヤは中東地域おなじみの風呂敷のようなアイテム。

現在はパレスチナに関する事業をされていますが、パレスチナに興味を持ったきっかけは?

パレスチナに興味を持ったのは高校生の時です。普通の公立校に通っていたのですが、世界史Aの授業の中でパレスチナ問題が紹介された時に、歴史を何十年も遡って今尚未解決の問題があるという点が他の社会問題と違うと感じ印象に残っていました。そこから興味を持って、図書館で本を読んで自分で調べたりしていました。

同じ授業を受けていてもパレスチナ問題に興味を持たない人もいると思うのですが、その中でも高橋さんはなぜパレスチナに惹かれたのでしょうか?

元々英会話を習っていて、異文化交流などは好きでした。また、高校3年生の時に物質的なものが大きな価値基準となっているこの社会に対して疑問を抱き始めました。私は元々古き良き商店街といった場所が好きだったので、暮らしへの興味関心が強かったです。その影響から、海外に長い間住めればいいなという気持ちはありましたね。

街角でハーブを売っている農家の女性。よくある光景。

ブルガリア留学。親の反対を乗り越え、パレスチナへ

海外生活にご関心があったのですね。その後はパレスチナに関連する出来事はあったのでしょうか?

大学は神戸大学の国際文化学部に在籍し、文化人類学を学んでいました。大きなイベントは、3年生の時に交換留学で東欧のブルガリアに1年間滞在したことです。本当は中東に行きたい気持ちもあったのですが、中東地域には協定校がなかったのでパレスチナに近い場所を選び、留学中に訪れようと決めていました。

パレスチナというと危険なイメージもあるかと思います。行くと聞いて、周りの反応はどうでしたか?

親には心配されると分かっていたので、日本の実家から直接パレスチナに行くことはできないと思って留学した部分があります(苦笑)実際、ブルガリアからパレスチナへ行くと電話で伝えた時はしばらくの間微妙な空気が流れましたが、最終的にはなんとか了承を得ることができました。また、メディアのイメージからか友達にも心配されました。実際はビザなしに行くことができ、その当時はネット上で調べても危険地域ではなかったので、行くことに決めました。

いざ、パレスチナへ!1ヶ月ホームステイをすることに

実際に行ってみた感想は?

行ってみたら普通でした。その時は現地に滞在していた日本人の方に連絡して、色んな場所を一通り案内していただきました。しかし、周りに沢山心配された分、パレスチナ渡航中の5日間は緊張してしまい、十分に楽しめなかったのが正直なところです。歩いている時につい後ろを振り返って確認したりしていました。しかし、そんな中でもパレスチナという土地に魅力を感じたので、今度は文化を知る目的というか、イスラム教徒の生活はお邪魔してみないと分からないと思いと、今しかない!という思いから、夏休みの間に1ヶ月間ホームステイのプログラムに参加することにしました。場所は、旅行中に知り合ったパレスチナ人の方が住んでいたこともあり、ヘブロンに決めました。

1ヶ月のホームステイ、いいですね!現地ではどのような生活を送っていたのですか?

到着した時から早速、実はホームステイ先が決まっていないというハプニングがあり(笑)電話一本で急遽家族が決まりました。そのくらいオープンな家族だったためか毎日のやりとりが温かく、私はこの家が大好きだったので、基本的には英語塾の手伝いをしていた以外はほとんど家で過ごしていましたね。時には家族10人以上でピクニックをし、話したりご飯を食べたりする以外にも現地の踊りを教えてもらったりしました。

ホストファミリーの女性陣との一枚。着いて2日目!

コミュニケーションなどで困った部分はありましたか?

私はアラビア語をほとんど話せず、大学でアラビア語入門講座を受講して書き方読み方が辛うじて分かるくらいでした。そんな中、ホストファミリーの中高生の子ども達は英語を独学で学んでいたので、通訳してくれて助かりました。また、お母さん達も30代くらいだったのですが大学で学んだことを覚えていて英語への理解がありました。ただ、おばあちゃん世代は英語が全く分からなかったので、コミュニケーションには苦労しましたね。

日本と似ている?パレスチナで驚いたこととは

文化や生活面で印象に残っていることはありますか?

私は文化についても全く知らず行ったので、服装、普段の生活の流れ、ご飯、子ども達の遊び、伝統刺繍、かけている音楽など、全てが新鮮でした。それと同時に、懐かしい部分もありましたね。例えば、食べ物は中東料理と地中海料理のミックスのような感じで、ブルガリアに留学していた身としては馴染みがありました。また、西洋化する前の日本と似ているな、と感じる部分もありました。例えば、お互い農業文化が根付いているので、虫除けや布を強めるために民族衣装に藍染が利用されていたり、日除けのために風呂敷を被ったりと、距離は離れているけど同じ考えなんだな、と感じさせられました。

また、イスラム教の女性はスカーフを被っていて静かなイメージだったのですが、実際はやかましいというか、みんな大きな声で主張することにはびっくりしました。地域柄や関係性などもありますが、男性と同等に身振り手振りを使って話していました。イスラム教徒の女性は顔だけしか見せないイメージがありますが、家の中だと普通にTシャツにジーンズのコーデだったりと、「え、そんな感じなんだ」という場面が多々ありました(笑)また、街中も想像以上に車、市場、お祈りなどで音に溢れていたのが印象的です。特にお祝い事があると花火や爆竹などで賑やかになりました。

パレスチナに日本人は少ないと思うのですが、高橋さんに対する現地の方の反応はいかがだったのでしょうか?

日本人と初めて会ったよ、と言われることは確かに多かったですね。ただ、向こうでもアニメは人気なので日本語が分かったり、次来る時は日本のヌードルを持ってきてね、と言われることもありました。

バイト中ふと思い浮かんだアイデア。パレスチナ支援事業を起業へ

総じてポジティブな経験をされたのですね。ホームステイ後、心境に変化はありましたか?

人によっては1ヶ月という期間は短く感じられると思うのですが、私はパレスチナに関わり続けたいと思いました。ここまで知ってしまったのに、なかったことにして生活するのがしっくりこないというモヤモヤを抱えていました。日本に帰国してから何ヶ月か経ち、何ができるか考えていた頃、バイト中にふとパレスチナの特産がオリーブの木であることと、コンクリート剥き出しでアート性もなく、生活を分断する分離壁の様子を思い出しました。そこで、オリーブの木で箸を作り、橋渡しのようなことをできればというアイデアが浮かびました。しかし、その時点ではまだ具体案はなく起業はできないと思い、NGOなどに向けて就活していました。

しかし、行った当時からずっと分離壁や植民地の建設が伸びており、パレスチナ人の領地が減っていたことが頭にあり、悠長に構えてはいられないなと思いました。当初は数年間就職してビジネスマナーを覚えようなどと考えていたのですが、状況は毎日変わっているので経験を積むなど言っている場合ではない、早い方がいいなと思ったのと、何もないうちの方が失敗できるかなと思い、卒業前に起業することを決めました。

やりたかったのは、対等にお付き合いするソーシャルビジネスです。寄付や支援はもちろん必要だとは思いますが、私の場合は現地の人々を実際に知っていたため、施しをしなければいけない、かわいそうなどのイメージをつけたくないと思っていました。しかし、それと同時に現地で起こっていることを伝えたい気持ちもやはり強かったです。

オリーブの古木。パレスチナのオリーブの歴史は紀元前迄遡る。この地域一帯が原産。

パレスチナ人相手だからこその難しさ。今後見据える目標とは

長い間考えられての起業だったのですね。立ち上げの中で大変だったことなどはありますか?

何も分からない状態から始めたので、最初は全てネットで調べて手探り、という感じでした。元々経済活動に興味があまりないタイプだったので、振り返ってみると「よくやろうと思ったな」と自分で感じます(笑)

「架け箸」の事業を始めつつ、SNSの発信セミナーや全員がフリーランスで、リモートワークの会社などにも所属しています。去年は地盤を作る下準備が多かったので、来季にはなんとか収入を得たいところです(苦笑)大変なことは、私の事業では商品を作ってもらうことが必要不可欠なのですが、パレスチナの方相手だとかかる時間が長いのでこちらのペースで活動を進めることが中々難しい点です。日本国内での生産であればもう少し早いと思うのですが…

最後に、理念や今後の目標を教えてください。

大きい理念としては、パレスチナの物や文化を体験することによって、現地の人が同じ人間として大事にされるような事業にしたいと思っています。実際に触れることによって、尊敬されないと行けない人たちであることが伝わるといいなと思っています。

今後の目標としては、現在は日本の方向けに事業をしているのですが、国際的な販売もやりたいと思っています。橋を架ける相手を広げていきたいですね。そのために、ホームページを学生インターンの方のお力を借りながら、まずは2言語化しているところです。海外からもアクセスできるようにしたいと思っています。


高橋さんのお話、いかがでしたでしょうか。このお話をきっかけに、少しでも中東に興味を持ってくださる方がいらっしゃれば幸いです。もっと中東のことを知りたくなってきた!という方は、是非MENA watchのインスタグラムツイッターをフォローお願いします。また、「自分も中東との関わりを記事にして伝えたい」という方は是非MENA watchウェブサイトのお問い合わせページ、もしくはインスタグラムかTwitterのDMにてお知らせください。

「中東と私」シリーズはこれからもまだまだ続く予定です。どうぞお楽しみに!